宵のつれづれシリーズは、仕事帰りの電車の中で読めるくらいの軽い記事を書きたいなということではじめたシリーズです。今回は54回、ドアスラムのソシオニクス的解釈です。
ドアスラムのソシオニクス的解釈
ドアスラムって聞いたことあるでしょうか。
インターネット・ランドでINFJがやりがちな行動としてよく紹介されているもの。ドアをバタンと閉めるように、突然、人間関係を遮断(シャットアウト)する行為らしい。
ほんまかいなw出典どこやねんwという懐疑と、私も自称INFJなので、心あたりは、うん…ありますね…昔よくやってましたね…みたいな、複雑な心境です。
で、インターネット・ランドでは、INFJというタイプがなんでそういう行動をとるのか、についての考察もよく目にします。
私も、今回は、ドアスラムをソシオニクス的に解釈してみたいと思います。
まずINFJがどのソシオタイプにあたるかは諸説あります。IEI説もあるけど、EII説もあります。までも踏み込みません。イコールではないことだけは確かですけども。
ですが、”ストラティエフスカヤ流モデルA的タイプ解釈に倣えば”、ドアスラムしそうなのは、明らかに他のどのタイプよりもIEIなんじゃないかしら。
たとえば、ドアスラムという行動にわかりやすく関わっていそうな要素、内向感覚と内向倫理を見るだけでもそれがわかります。
IEIの内向感覚は、SLI系統の内向感覚(-Si)。からだの感覚。物理的な距離の感覚。快を追うよりも不快を避ける感覚。
そしてIEIのモデルAでは、内向感覚は規範の機能に該当する。弱いが意識されている機能。
また、IEIの内向倫理は、ESI系統の内向倫理(-Fi)。赦すよりも裁く倫理。
IEIのモデルAでは内向倫理は証明する機能。強いが意識されていない機能。
これを簡潔にまとめると、IEIは、こういうタイプ。
- 意識的に距離を置いて不快を避けようとするが、SLIより不器用でやや不自然な方法をとる(-Si)
- 不届き者を赦さず罪を罰しようとするが、ESIと違って無意識である(-Fi)
めっちゃドアスラムっぽくないですか? もちろんこの2機能だけじゃなく、ほかの6機能も関わってきますけどもね。
EIIのモデルAはぜんっぜんこんなふうじゃないんですよね、ドアスラムしなさそうなモデルAで、その違いがとても面白い。んですけど、比較は来週にでも。